東京高等裁判所 昭和42年(う)1364号 判決
被告人 朴豊
〔抄 録〕
論旨として縷述するところを要約すると、原判決は本件業務上過失傷害の事実を認定し、被告人が自家用普通乗用自動車を運転し時速約四〇キロメートルで進行中、原判示被害者後藤永太郎が自車の通路上を右方から左方に向つて進入して来るのをその約二〇メートル手前で発見したが、その場合、「直ちに急停車その他臨機の措置を講ずることができるよう減速徐行のうえ、同人の動静を十分注視し、その安全を確認しつつ進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある」と判示すると共に、本件過失の点については、被告人は、「一旦制動して僅かに減速したものの、運転開始前に飲んだ酒の酔いのため注意力が散漫となつており、同人の後方を無事通過しうるものと速断し、同人の担いでいた木材に気がつかないまま加速して、漫然同人の直近後方を進行した過失により」と判示し、被告人が運転開始前に飲んだ酒の酔いのため注意力が散漫となつていたため、同人の後方を無事通過しうるものと判断した点に過失があるとしているのである。しかし、本件は、被告人が進路前方を木材を担いで道路を横断中の前記被害者の姿のみを現認し、その木材に気付かないで被害者が通り過ぎた後方を進行したため、被害者の担いでいた木材の後部に自車の運転台前付近を衝突させた事故であるから、本件の場合、被告人に業務上の注意義務違反がありとすれば、それは前方注視義務違反であつて、被告人が進路前方に対する注視を怠り被害者が担いでいた木材に気付かなかつた点にあるのである。しからば、原判示のように被告人に前方注意義務を認めながら、その過失の点について、運転開始前に飲んだ酒の酔いのため注意力が散漫となり、その場に処する判断を誤つたものと認定した原判決は、その理由にくいちがいがあるか、事実の認定を誤つたもので、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、右いずれの点においても原判決は破棄を免れないというにある。
よつて原判決が認定した本件業務上過失傷害の事実摘示およびこれが証拠をつぶさに検討し、所論の点を審究するに、原判決の事実摘示には、恰も論旨が指摘するように、理由にくいちがいがあるような誤解を招くおそれなしとしないが、原判決が事実認定に供した各証拠、特に被告人の検察官に対する各供述調書の記載と併せて原判決を虚心に通読すれば、原判決が本件において被告人の過失を認定したのは、要するに被告人が原判示のような業務上の注意義務、即ち前方注視義務を怠り、一旦制動して僅かに減速したものの、運転開始前に飲んだ酒の酔いのため、前方に対する注意力が散漫となり、原判示被害者の姿は認めたが同人が木材を担いでいることを見落し、同人の後方を無事通過し得るものと即断し、漫然加速して同人の直近後方を進行した点にあることが明らかである。即ち被告人の検察官に対する昭和四一年一一月四日付供述調書中の「人には気がついたのですが、酒に酔つていたため担いでいた木材には気がつかず、人が通り過ぎたので大丈夫だと思つたら木材に当つてしまつたのです」との供述記載、同月一一日付供述調書中の「被害者には気がつきました、しかし被害者が担いでいた木材には全然気がつきませんでした、この前夜実験してみたのですが、相当太い材木であり飲んでなければよく見えます、ですから酔つていたために材木が見えなかつたものと思います、従つて私は被害者に気がついてブレーキを踏んで速度を落したのですが、材木に気がつかなかつたので又速度をあげて通ろうとし、目の前で材木が車の前に残つているのが見えたので逃げようとしたのですが間に合わなかつたのです、」との供述記載および同月一七日付供述調書中の「最初被害者を見たときは材木には気がつかず、被害者が前を通過すると思つたのでブレーキは軽くかけただけです、後から現場の実験にも立会つたのですが、多少の違いはあつても材木はよく見える状況でしたのでやつぱり飲んでいたために気がつかなかつたと思います」との供述記載と、原判決挙示の爾余の各証拠を綜合すれば、原判決は、本件事故は結局被告人が原判示の本件被害者の動静を十分注視し、その安全を確認しつつ進行しなければならない前方注視義務を怠り、且つ、運転開始前に飲んだ酒の酔いも加わつて前方に対する注意力が散漫となり、被害者の担いでいた木材に気づかず、同人の後方を無事通過し得るものと速断し、加速して同人の直近後方を進行した過失によつて惹起されたことを認定したものであることは疑いのないところであるから、原判決には所論のような理由のくいちがいや事実の誤認はないものといわなければならない。よつて論旨は採用し難い。
(松本 真野 松永)